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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)6960号 判決 1961年8月01日

原告 第三信用組合

事実

原告第三信用組合は請求原因として、原告は、訴外株式会社マリヤ自転車工場との間に、昭和三十三年二月十八日、金四百万円を限度として金員を貸付けること等を内容とする取引契約を締結し、同訴外会社の社員で経理事務等の業務を担当していた訴外丸山清次は右取引契約により訴外会社が原告に対し負担する債務につきこれと連帯して保証の責に任ずる旨を原告に約した。

原告は、右約定に基き同訴外会社に対し金員の貸付をなしたところ、昭和三十三年十一月二十四日頃から昭和三十四年一月二十七日頃までの間前後十二回にわたつて貸付けた合計金三百六十三万七千九百五十円について、右訴外会社は弁済期が到来しても弁済をすることができず、昭和三十四年二月遂に倒産するに至つた。従つて、訴外丸山清次は原告に対し右訴外会社の連帯保証人として金三百六十三万七千九百五十円の弁済義務を負担している。

ところが、訴外丸山清次は、昭和三十四年一月二十九日唯一の資産である本件家屋を妻である被告丸山千代に贈与し、同年二月三日その旨の所有権移転登記を経由した。しかして、右丸山清次は、訴外株式会社マリヤ自転車工場が前記のように原告から金員を借り受け、その弁済が困難であつて、同会社の連帯保証人として原告からその責任を追及されるに至るべきことを知りながら、その強制執行を免れるため、唯一の資産たる本件家屋を被告に贈与したものであつて、被告は右訴外人の妻として同訴外人が右家屋以外に見るべき資産を有せず、その贈与を受けるときは一般債権者を害するに至るべき事情を知悉しながら、前記のように贈与を受けたものであるから、右贈与契約は原告に対し詐害行為を構成することは勿論である。

よつて原告は、債権を保全するため、被告に対し、右法律行為を取り消し所有権移転登記の抹消登記手続を求める、と主張した。

被告丸山千代は答弁として、訴外丸山清次が訴外株式会社マリヤ自転車工場の原告に対する債務につき連帯保証をなしたこと、及び本件家屋の贈与が強制執行免脱の目的に出ることを否認し、さらに、原告主張の連帯保証に関する契約書中の丸山清次の署名は広瀬広の請託により、訴外中藤賢司が偽造したものであるから表見代理の規定を適用すべき余地はないばかりでなく、広瀬はこれを完成文書として原告組合に持参提出したものであるから、原告組合は同人が丸山清次の代理人であるとの認識を生ずる余地はないものといわなければならない。また、右丸山清次の署名には氏名の誤記があり、原告としてはこれを漫然と看過するか、直ちにこれに気付いたにかかわらず、本人である丸山清次に連絡照会しなかつたものであるから、たとえ原告において広瀬が丸山清次の適法な代理人であると信じたとしても重大な過失があるものというべきである、と主張して争つた。

理由

先ず、原告が訴外丸山清次に対して原告主張の債権を有するかどうかについて判断するのに、証拠を併せ考えると、原告が昭和三十三年二月十八日株式会社マリヤ自転車工場との間に極度額を金四百万円とする手形取引契約を締結し、右約定にもとづいて、同訴外会社に対し昭和三十四年一月二十一日当時合計金三百六十三万七千九百五十円の貸付金債権を有したことを認めるに十分である。ところで原告は、右手形取引契約の締結に際して、訴外丸山清次は右訴外会社が右約定にもとづき原告に対し負担すべき債務につき同会社と連帯して保証の責に任ずることを原告に約した旨を主張するところ、右約定書(甲第一号証)には借主たる訴外会社と氏名を連ねて連帯保証人としての丸山清次の署名押印が存するので、同約定書によれば原告の右主張事実を肯認すべきがごとくであるけれども、後に認定するように右丸山清次の署名押印は同訴外人の意思にもとづかないでなされたものであると認められるので、右甲第一号証はこれを原告主張の事実を肯認する資料となし難く、他に右事実を認めるべき資料は存しない。

よつて、原告の表見代理の主張について判断するのに、証拠を総合すると、前記原告と丸山清次との間の連帯保証契約は、訴外株式会社マリヤ自転車工場の代表取締役である広瀬広が丸山清次の代理人として原告との間に約定したものであることが認められ、さらに他の証拠によれば、訴外丸山清次は、当時、右訴外会社が東京都自転車卸商組合から借り受けていた金十万円の債務の借替をなすについて同会社の連帯保証人となることを承諾し、その印鑑証明書及び実印を広瀬に預けたところ、広瀬は同訴外人に無断で本件約定書の連帯保証人欄に職員である中藤賢司をして丸山清次の氏名を記載せしめ(その際中藤は丸山の氏名を丸山清記と誤記した)、その名下に丸山から預つていた印を押したうえ、これに同人から預つていた印鑑証明書を添付して原告組合に持参提出し自ら丸山の代理人として原告組合に対し丸山が訴外会社のため連帯保証をなすべき旨を約した事実を認めることができる。以上認定の事実によれば、右連帯保証契約は広瀬広が丸山清次から与えられた代理権を踰越してなした法律行為であるということができる。

ところで原告は、右広瀬が適法な代理権を有するものと信ずるについて正当の理由を有した旨主張するので按ずるに、証拠によると、訴外株式会社マリヤ自転車工場は昭和三十二年五月十一日原告組合との間に手形取引契約を締結し、次いで同年八月十四日取引限度額を改めて同様の手形取引契約を締結しその都度丸山清次を連帯保証人とする約定書を原告に差し入れていたこと、原告は本件取引契約に際しても従来同様丸山清次が連帯保証をなすものと信じて何らの疑問をも懐かなかつたことが認められるけれども、右各連帯保証が丸山清次の意思にもとづくものであることについてはこれを認めるに足る資料は存せず、また、本件取引の約定書である甲第一号証のうち、丸山清次名下の印が同人の印によつて顕出されたことについては当事者間に争がなく、同約定書に丸山清次の印鑑証明書が添附されていたことは前認定のとおりであるけれども、単に約定書に本人の印鑑証明書が添附され、本人の名下にこれと同一の印が押されているというだけでは、右押印が本人の真意にもとづき、従つてこれを持参した代理人が適法な代理権を有することを推測せしめる事実とはいい難いところであるから、これらの事実のみでは原告が代理権ありと信ずるについて正当の事由を有したものと認めるに十分でなく、却つて、前認定の事実によれば、約定書に記載された本人たる丸山清次の署名に誤記が存したところ、添附の印鑑証明書の記載と対照すれば右誤記の事実は容易に発見し得るところであつて、証人山下智明の証言によれば、原告会社の貸付事務担当者である同人は、当時右事実に気付き、広瀬にこれを指摘して訂正を求めたというのであるが、本人が自己の署名を誤記することは通常あり得ないことであつて、右の事実は本人の代理権授与行為に瑕疵があることを疑わしめる重大な事実であるから、原告としては、代理人に訂正を求めるのみでは足りず、直接本人に対し真正の署名であるかどうか、さらには、真実代理権を授与したものであるかどうかを確かめる手段を講ずべき義務があるものというべきである。然るに原告は、前認定のように、漫然と、従前と同様広瀬広が適法に丸山の代理人として連帯保証をなすものと信じ、何ら丸山に事実を確かめる方法をとらなかつたのであるから、右は原告の過失たるを免れないものといわざるを得ない。してみると、原告は、広瀬広の代理権踰越行為につき丸山清次を代理し得べき正当の権限を有するものと信ずるについて過失があつたというべきであるから、本人たる丸山清次においてその責を負うべき限りでないことは明らかといわなければならない。

してみると、原告が訴外丸山清次に対してその主張の連帯保証契約にもとづく債権を有することを前提とする本訴請求は、その前提において失当である。

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